メディアのたのしみかた

110309.jpg たとえばなんかのマンガを読んでて、その登場人物たちに対して「ああ、このキャラクターは萌え担当だな」とか「お色気役だな」とか「この元気っ子がいると、話ひっぱりやすいよなぁ」とか思ってしまいます。たとえばテレビですと「ここは、商品紹介があざといからスポンサーからお金でてるな」「この人のアップ多いから、売り出したいんだろうな」とか。アニメだって「ここで話題にさせようとしてるんだな」なんて思ってしまいます。そういうの、皆さんはないですか?

 こないだ気が付いたのですが、私は同人とかやるかなり前からこういう見方ばかりをする傾向があったと思います。純粋にメディアの受け手として、わいわい楽しめばいいのに、なんか偉そうに「俺はオマエラに踊らされないぜ」的な。でも。もし、メディアがそういう「裏の何か」を達成する為に作られてきたとして、多くの人がそれを面白いとして受け入れてきたなら、ただ「マンガ好き」「アニメ好き」よりも私のようなタイプの人間の方が面白いメディアを上手に作れるはずです。

 しかし現実はどうでしょう。たしかに、「裏の何か」を伝える為にトロッコに載せて届けるようなメディアは多くあると思いますが、一定数は確実に、裏の何かを伝える為ではなく、「この作品そのものを伝えたい」というような純粋にダイレクトに作られているものも存在すると思います。私が今「飽きてきた」テレビやマンガなどのメディアは、間違いなく「裏の何か」がはみ出してデロデロとにじみ出てきてしまっているものなのかなって思います。だから、私みたいなタイプの人間が作ったメディアは射程距離というか、賞味期限がごく短いようなきがします。

 ボクたちの大好きなガンダムは、プラモを売ろうとかそういう「何か」はあったはずですが、そこには少年だったボクらにはいつかは避けて通れないだろうと漠然と思う問題がえがかれていました。悪いヤツラがせめてきたら、戦争になったらどうしよう、僕たちはオトコだから、戦いに出て、死んでしまうのだろうか?友達は、学校は、どうなってしまうのだろうか?

 昨年初頭くらいからDL作品製作のペースがめっちゃ落ちていますが、いままでかたくななまでに、それが当たり前だと思っていた私なりの「メディアのたのしみかた」=「騙されるもんか見」&「騙されないオレサマ優越感見」が崩壊し始めて、これをそのままに崩してしまってよいものか、修復に取り掛かるべきかという不安定な状態の中で、作品をどのように発表して良いのか迷いまくっているからだと思います。

 もっと純粋に、私のキモチというか、パッションというか、そんなものをトロッコに乗せないで伝えたい。そのためには……。例によってそんな毎日です。ああ、また今月も月が変わっちゃった。