らばた定型

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ようやくイベントラッシュとソレに伴う準備ラッシュが終わり、平穏を取り戻そうとしてなかなかとり戻らない高石です。今週末は親族ネタ、月末は天下一武術大会です。皆様いかがお過ごしですか。台風すんごいですね。キャノン子は例によって本文と関係ありません。キャノン好き!!
で、先々週の続きで、その「革命」についてなのですが(おお!)自分はとくに「作品を完成させる事」についての推進力はそれなりに高いような気がします。期日をキメて、逆算して、ギリギリのところまでは踏み込むけど、それ以上やると締め切りを落とす、という時はやらない。そう、「完成させるために」作ってます。
で。これは、「いくらよいアイディアでも、完成していないものは、無いものと同じ」という考えです。間違ってはないでしょ。でも、逆に「完成していれば、とりあえずはOK」という安易な考えに落ちてしまう罠でもあります。自分に「よしよし、オマエは完成させたな。えらいぞ」ってどこかで言ってるのかもしれません。これがたぶん、未熟な革命。あんまり革命感ないですけど、ソレですごいと思いこんでしまう=思考停止なあたりが、未熟で革命なんです。
そりゃあ、「自分の好きなものを描く」のは、同人において、とても重要ですし、自分は好きじゃないものを描けません。でも「好きなものを描いたからOK」というのも、ちょっと違う気がします。好きなものをただ具現化するというのは、思い付きを書きなぐったノートみたいなもので。自分しか読めなかったらダメでしょ。
ノートをあとから見返せるようにするには、どうするか?下書きをすればいい?ノートとる時に下書き?なんかソレも変な感じ。だから、自分は見返せるような「定型」を作ればいいと思うのです。たとえば、アイディアが浮かぶ=「お姫様が触手にやられて、気持ちよくなってるうちに国が滅んでしまう」とします。
アイディアメモの走り書きは、上記になりますが、これをそのまま作品にしたら、「お姫様を描く」→「触手にやられる」→「ラストシーンで国が滅んでる」になっちゃうでしょ。コレでもいい人はいるかもですけど、この道10年超ですよ。芸がなさ過ぎます。
で。先ほどの「定型」。らばた定型みたいなものはありますけど、それをここで書くと興ざめなので、うちがほんわかいちゃラブサークルだったとします。
定型は「いちゃラブを」をどこで、だれと、どのように、という質問に答えることになります。
「お姫様と、触手の研究者」が、「城の隠れ部屋で」「触手を使って」……的な。結局「いちゃラブを見せる」ことが、そのサークルの本懐なので、「国が滅んでる」という劇的なシーンでも、スパイス程度に使う事になります。結局、この定型ってのは「これは国語のノートです」みたいなジャンル分けに近いのかもしれない。だから、解りやすくなるし、余計な説明が要らなくなる。
今日の話をまとめます。「好きな事だからOK」ならば、それを「見返せる=商品として価値がある」モノにして、製作する事。その為には「定型=本懐」を明確に持つ事。これなくして「自分は本気で作ったからOK」などと、ぬかしこきまろしない事。
冬コミ、あたりますように。