ツヨくあれ

↑の子は、多分艦これ?の子だと思います。知人のおじさんが絵を一生懸命頑張ってて、自分が添削のまねごとをしていまして、その絵です。目が特徴的(昭和)です。いい歳の遅いスタートだとしても、人は成長するモノだなぁと思います。まぁ、そんなことしてるからどんどん原稿が遅れて行くんですが。

さてさて、実は先々週の日曜日に、天下一武道会的な「武術会」を観覧し、先週の日曜にはその主催の方の「稽古(体験)会」にお邪魔してきましたのです。この2つの体験を通して、思ったことを書きとめておくよ!

まず先々週。武術会と言っても皆さんアマチュアなので、平日は普通にお仕事をされてる方々です。TVのプロの試合で見るような、ものすごいキレのあるカラダのこなしをする訳ではありません。緊張と恐怖を一生懸命、克服していきます。だから試合はすごく泥臭い、防具を付けた、ただの殴り合いです。

ただ、試合前に練習タイムがあって、みなさん軽くスパー(リング。クリングだと炭酸飲料)やったり、シャドーしたりするんですが、その時はすごい上手なんですよね。うおーこれはすごい試合になりそう!って思っても、本番になるとガチガチになってる。動きがまるで別人。

そして先週の体験会。体の動かし方をいくつか学ぶんですが、出来る人は何でもできちゃうけど、出来ない人はあんまりできない。経験差かもしれませんが、普段空手やってます、キックボクシングやってますーってひとでも、出来ない人は出来ない(正確に言うとできた風な感じには、なる)。

この2つの事柄から、「自分は何者?Who am I」という一つのキーをみつけました。何故イングリッシュ。

結局、試合で緊張する理由は「負けるかもしれない、殴られるかもしれない」という自分が「弱い存在である」というキモチだと思うんです。

でも、自信がある人は、そうは思いません。「どれどれ、どんな相手かな」ぐらいです。また、試合中は強者の動き=余裕のある動きをします。

でも、実際、強くて自信ある人が戦っても、運で負けることもあります。その時負けた強者は「オレ実は弱いかも」って思わないじゃないですか。運が悪かったーって思うだけ。

これですよ。

「自分は出来る」って思うひとは、上手くいかなかったときは「何が足りないか」を探すけど、「自分は出来ないかもしれない」から入ると、何をすればいいか選択肢が無限になります。ザ・手探り。これは怖いです。

自分が出来る(実際に出来るorできると勘違いしていてもOK)のなら、求められている動作ではなくても、「自分に足りない事はなんだ?」という思考になります。

さらに。先日お問い合わせがあって、自分の過去作を見返していたんです。設定とかいろいろ調べておりました。んが、それよりなにより、自分の本、結構面白いんです。アタマ悪いから上手く作品内で説明できてないけど、そのコアにあるモノはそれなりに面白い。

自分の作る本は面白い。そしてえろい。

強くあれ。