先ほど、変身されました。初めての変身はどうしてこんなに緊張するんだろう!しかし……うーわー……かっ……かっ……可愛いかも……ッ!!? こんばんわ。どうやら敬語キャラに徹底的に弱い高石です。
ただいま関東はでっかい雪が降ってます。粒がでかいんです。べちゃっっ!て感じ。朝のニュースでは積もらないって言ってたのに。ただいまものすごい勢いで積もってます。そういえば、予想が外れても日本人は怒らないですよね。予想だけじゃなく、企画なんかも、だいたいにして、失敗しても偉い人は責任を取りません。取るのは、命令されてやらされた、末端。
この責任をとらない日本人というのは、戦争のときから変わってないようで。今更ですが、百田さんの「永遠のゼロ」、読みました。戦争の描写と、姉弟の会話が変わりばんこに書かれて進んでいくのですが、まるで、見てきたような戦争描写の凄さに比べ、あまりにも稚拙な姉弟の掛け合いの描写に、不思議だなと思ってたんですが、戦争描写はどうやら過去作の引用のようで。ああ、そういうことなのね。なるへそ(死語
その戦争中の描写の中で、上官は無茶な命令ばかり、自分の保身ばかり。失敗しても死ぬのは、兵隊。しかも彼らは立派に死んでいく、というのが多かったです。今と変わらないですよね。政策の失敗があっても、政治家を引き締める法律は絶対に作られない。責任も問われない。
これって、戦争の前、たとえば、戦国時代とかもそうだったんですかね。「直接、自分のことにならないと、考えようとしない」的な。ジョンレノンの歌った「イマジンしよう」という部分がないのかも。だから、日本は礼儀作法が多くうまれたんですかね。明文化、一般化することで、毎回その度に、相手のことを考えることをしなくてすむようにした、と。
こういうの、日本人に根っから染み付いているんですかね。そうは思いたくないですけどね。ただ、ズバ抜けて考えたがらない人種であるような、気はします。デモとかまず無いし。従順であるということは、自分の意見が無いことにも通じるんですかね。なんで考えなくなったんですかね。きっと考えなくても、暮らしていけるようになったからでしょうね。むしろ、考えてしまうと生きづらくなる気がしますし。
ふふふふふ。はっぴっねっすチャージプッリッキュアっ幸せのっバイブレーション!の話すると思いましたか。これが徒然なる記述の恐ろしさです。一瞬のスキをついて浮かぶエセ社会派トーク。それを臆面もなく書き記す勇気。多少痛くなきゃ、同人作家などつとまりませぬ(そうか?)
みんなと同じように、同じ方向をむいて。同じ痛みを。僕らは日本人。みんなが死んだらボクも死ぬぅ~……?わかんない。これがいいのか悪いのか、わかんない。文化的に見たらちがく見えるし、生物的にみたら、その方が生き延びやすそうな気がする。
また考えて見ます。イラストのルミナスがあんまり関係ない記事でしたが、それは、いつもの事です。きょとん顔がめちゃめちゃ可愛くて、描かずにはいられませんでした。
関東人は雪になれていませんので、きをつけませう。