
このドット絵、というか、ピクセル描画は本当に速いのか。検証してみることにしました。アタリを取り始めたのが4:50。完成が5:40。途中、ちまちま違う業務処理を入れてますから、「カラー絵の完成に1時間弱」は、そんなに遅くないと思います。
しかも、このドット絵(厳密に言うとドット絵とは呼ばないのかもだけど、便宜上そう呼びます)は、「ポスト絵」=投稿する絵の下書きになるし、色設定の効果もあります。ドット絵は拡大しないで描ける=常に全体を見ながら作業できるので、色設定がしやすいんです。これがデカい。一応、記録として製作工程を↓に

で、早く完成させられる、ド拡大しなくて描けるという、既にとんでもないメリットに加え、その「ポスト絵の下書きにも良い」という側面がとても素晴らしいのですが。
「ポスト絵ってどこに投稿するの?そりゃXでしょ」
まぁ、そうなりまして、先日はXに投稿してきたのですが……速攻消しました。
なんか、なんか違うんですよ。あんまりにも更新が無いらばたXを何とかしたいと思ったのですが。
最近は、素人が世の中を斬るアカウントの方でXを見ています。こちらはあんまり、絵は流れてこないのです。政治系ヘイト動画と、外人の抗争の話ばっかりでちょっとうんざりぎみではありますが、世の中の1次情報を知ろうと思い、時々見ています。プリキュア情報を探してた頃よりは圧倒的に見なくなってはいますけど。
で、らばたXだと、ああ、みんなまだこんなに絵をあげていたんだ、っていうぐらい絵が流れてきます。リポストも多く。
……でも、これ、ほとんどAIじゃ?
更に多いのは、「X始めました!」といって、若くて超絶美人の完璧スタイル看護婦さんとかOLさんとかが、自分の日常をガンガンUPしてる。1万フォロワーあたりまえ。みんな爆乳。グラビアに出ればすぐ表紙なのに、こんなXでLINE誘導といういにしえのマネタイズをしている。
えっと、実在してないですよね、あなた。
寝起きやらシャワーシーンの画像を「誰が」撮ってるんですか?空中にカメラが固定されてるんですか?三脚だらけのお部屋にお住まいか?それもとカメラマン同棲中ですか?
てかみんな、これ解ってフォローしてるのよね?AIだって解って課金してるのよね?中身おじさんかヒマな学生だからね?
いや、いいのよ。AI好きな人たちが、AI画像を楽しむ投稿として、楽しんでいるのだから。実在してるアイドルだって、一生会えなきゃ同じようなものです。自分はAIに拒否反応もないし、嫌悪もないです。法的にどうなのかとかはよくわかりませんが。まぁ、今自分のある世界線に存在してしている以上、そういうものかと受け止めております。
でも。これらのAI画像で溢れて、それが評価される場所に、自分が描いたイラストをそれらと同列のモノとして投稿する意味はあまりないなと思って。
実はプリキュア絵を投稿しなくなったのも似たような理由です。
愛するキュアビューティのエロ絵が、自分がどれだけ時間をかけて学んで、苦労して、でもどうしても具現化できなかった(技術的にも精神的にも)その画像が、生成AIで溢れかえっています。
上手く言えないのですが、「学者さんが長年研究してきて発表した論文について、1度もその実験をしたことも無く、論文を読んだわけでもなく、ましてやそんなにその分野についてろくな知識もない人間が、数分のYouTube動画を見て理解した気になって、その人と同じ土俵で議論するようなもの、そしてそれを見させられるもの」と言えば良いのか(辛辣
自分はやっぱり描き手なので、成果物そのもののデキよりも、「この絵を描いた理由」つまり、書き手がその人の生きる時間をその絵の制作、技術の習得にあてはめた理由、みたいなモノを見てしまいます。
だから「神絵師になりたい=神絵師っぽい絵」を描きたい(そもそも神絵師って言葉が自分は好きではない)ってのが透けて見える絵は、どんなに表面的なデキが良くても興味が無いです。クリスタの機能、グラデとレイヤー効果と視線誘導テクとやらを駆使した絵が良い悪いではなく、それが「描き手自身が優越感を得るため」に作られた作品には自分は興味がない、というだけです。
”主役”は、「見る者」もしくは「その絵の中のキャラクター」で、描き手本人ではない、と思っています。前述の「描き手の生きざまを見たい」と少し矛盾してるように見えますが、ちょっと違うんですよ。これが自分の「製作生きざま」なんですが、これまたいつか書きます。
実は、以前ピクシブで自分と同じようにひたすら、キュアビューティを愛し続けた、技術的にはあまり上手ではないかもしれない絵描きさんを、自分は大好きでよく拝見させて頂いておりました。エロは抵抗あったみたいで、微エロだけしかお描きにならなかったのもすごく共感していました。高評価もバシバシいれてました。いつのまにか3Dの方に行かれて、もう今はアカ消しされてしまったようですが。。。あの時はちょっと悲しかった。
いや、そんな話ではなく。
Xは既に、情報と感情のやりとりの場所となっており、正直、自分がそこに画像で「参加」する価値は無いと思っています。やるなら、テキストが良いかも。「告知」形式として。
じゃあピクシブならいいのかって事なんですが、あそこはまだ、絵を見に来る人前提なので「絵を見たい人」そして自分のように「絵描きを感じたい人」を意識できます。Xは「自分がどう思われるかにしか興味がない人」が多過ぎて、いや、それが悪いとは思わないけど、自分には合わない、というだけで。Xはそういう使い方をすべきだと割り切ればいいだけです。
……とか言って、告知や、多くの情報発信はX頼りのクセに!はしょうがないし、まったく反論できないのですが。
ただ、自分は「どう在るか」。
AIに限らず、多くのメディアがもう「他者の感情をコントロールする事」を隠さなくなってきて、アルゴリズムと言う名の神に、人生を左右される時代です。
今年は自分の在り方をしっかりと問うていきたい2026。