2022年の決意を表明する高石

本年も12日ほど過ぎましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。あなたの高石でございます……あっれ? なんで先週更新しなかったんだ……!? あ!模様替えでPCどこかに行ってた(またか) 60畳ぐらいの作業場が欲しいです。空いたところで小さいドローン飛ばしたいです。

今年の決意を言います……というか、ここ最近、すごく解ったことがあります。30にして太る、40にして立つ。50にして寝る、ってやつですスヤァ!!!起きました。実はこの数年、自分、本が読めなかったんです。え!!!?大事件じゃん!!!

いや、読めるんですよ、本。でも、即飽きちゃう。長い文章が退屈。気が付いたらスマホ触ってる。ツイッターサイコー。もう病気ですよコレ。

で。ちょっと真剣に悩んだんです。読みたい本は山のように。悲しみは雪のように。読めなくなった時点をさかのぼると……3年前の「電車に乗らなくなった」にたどり着きました。

自分、本を一番読んでいたのは電車の中だったんです。20分を2本乗り継ぐので40分。あのクソストレスから逃れる為に、本を読んでいたんです。電車の中でスマホいじってるとスマホの家畜に見えるのが嫌で(ド偏見)、本にしてました。

つまり、「本を読む以外にやることが無かった」「嫌な事から逃げる為に本を読んでいた」から、読めてたのに、今は愛車スカイウェイブを手に入れ、もう電車には滅多に乗らず、ほぼ本社(自宅)内で業務が完結するとなると、自由の洪水な訳です。いつだってスマホを触れる。家畜だからね。

それともう一点。自分は何か作業をしながら常に「何か別の事を考える」癖があります。最近は何をしていても原稿の事を考えます。それでも先月に新刊を出せたので今は小康状態ですが、その前までは常に脅迫されているような状況で、何をしていても「早く本書かなきゃ」ってなってました。

この2点「①常に自由時間がある」「②常に別の事を考える」がもたらす症状は「集中力の欠如」です。これか。

先日これに気づき、今日のこのブログに書き残すために昨夜、実験をしました。読めない症状だけでなく、ちょっとコ難しくて読めなかった本にチャレンジしました。マルクス爺さんのアレです。

実験内容は、とりあえず本日すべきことをいったん中断し、空き時間を強制的に20分作りました(30分だと無理かなって思ったの)。ここで本を読みます。しかも、冒頭からではなく、適当に途中から読んで、義務感を薄めさせる作戦を混ぜ込みます。そして

「この時間は一切他の事を考えない」と決めました。

最初は、クセで、文字を追いながらも別のことが沸き上がります。文章で連想したことを「あ、これ作品に使えるな……」とか思っちゃうのですが、とりあえずここをオフにして、ひたすら文章の奴隷になります。

10分、15分で時計を見ました。でもまた、本に戻れます。

20分。アラームが鳴りました。32ページ。よめました。

おめでとう高石。内容もその部分だけは、よく解りました。また、現在の社会主義国とマルクスの考えていた事は全然違うのではないかということもぼんやり浮かんできて、その先が知りたくなりました。お前が知ってもどうにもならんけどな。

実は、絵を描いているときも、この後部屋を片付けなきゃ、とか、何時から買い物に行かなきゃとか、常に考えてるように思います。これやめる。今年はしない。

今年は、集中。2022年の決意は「集中」。これが目的。

目的を達成する方法は「区切る」!!!くぎーーーる!くぎ!ゅ!ううううう!!!!

釘宮さんがすきです!!!

でも沢城さんはもっと好きです!!!!

高石がんばる!!