
今週のらばた本社は、係長のお熱で火曜水曜が、保護Dayとなりまして、すべき業務が全部停滞しております。ようやく木曜の今日、アタシの1週間が始まりましたが、明日は朝から別件仕事で何もできません。今日を生きる。
で、その、お熱と言っても37.2度とか、体温の高い子供にとっては結構あるあるの数字なんですよ。保育園の規定で37.3度になったらお迎え要請らしく、ここを突破すると何故か嬉々としたお迎え要請電話が来るので、最初から休ませたろという作戦です。もう、午前中には36度台の平熱に下がり、元気に暴れておりました。疲れた。。。
さて。みなさんは、山登りに興味はありますか?そう、何故か年齢上がるとみんなやり始めるアレです。自分もそこそこの年齢なので、よっしゃいっちょ登ってみるかーとまったくなりません。そんな時間と体力あったら絵の1枚も描きたいし、山じゃなくってガレージの屋根に登って直したいです。いや、自然の中にいるのは好きですけど。
で、「人生は山登り」ってよく言うじゃないですか。これも初老が言い出しやすいセリフです。もともとは、心理学者ユングの言葉らしいですけど。「のぼった後、無事に降りるのが大事」的なヤツのようです。
でも、昨今のタイパ思考ですと、この山登りはロープウェーで行っちゃうのが正義ですよね。降りるのも無事だし、お金だってそこまではかからない。それに、お金かけて良いのならヘリですよヘリ。ドローンがもっと発達すれば、ヘリはお手軽なレジャーになると思いますし。
頂上行って何をするか?そりゃもちろん映え写真とってSNSですよ。「私はヒマラヤ登頂に成功しました!」と。ヒマラヤと聞くと、昔近所にあった同名の喫茶店を思い出さずにはいられませんが、個人店で、コーヒーにはさほど興味の無かった若き日の高石は、結局ヒマラヤには行かずじまいでしたそんな話はどうでもいいのです(通常運転
もっと言えば、「映え写真を撮るために」とすると今ならAIで合成しちゃえばいい訳ですよね。何なら少しイケメソにもしてもらったり。ただ、そこには本当は行っていないという「嘘」があるので、ヘリ登山のほうが堂々とできますし、自分にもいくらかやったった感を持てます。
「映え写真を撮るためにヘリを飛ばす」人間が、自分のウソを気にするかどうかはさておき、とにかく「すみやかに登頂できた、無事に降りてこれた」これで、ユングの言葉の「表面的な結果」と同じになります。
で。ね。現代社会は、このヘリ登山者を崇め、たてまつっている風潮がありません?楽して稼ぐ、苦労無くして、認められる。
「AIで楽して稼ぐ」「株で大儲け」お金と引き換えに、自分のチャレンジゴコロを根こそぎ奪っていきます。大金を手に入れたあと、何も中身のない人間が、何をするんでしょうか?
で。山登りってのは途中であきらめて、登頂しなくても「山登り」で。登った人にしかわからない経験や見えない世界があって、それが人生だったり、その人の生きざまな訳ですよね。いや人生とか言い出すとまた話デカくなるんだけど。
昨今のAIは、この「頂上」にすぐ連れて行ってくれますし、それが「気持ち悪い」と思わなくさせられてきています。そしてその頂上で、ようやく苦労して登ってきた人と喜びや楽しさを分かち合える訳がないのです。
人にやらせて搾取して、自分はろくな経験もせずに大金持ちになった人が成功の秘訣とやらをYouTubeで話して「なんでこの人こんな浅いんだ?」と思ってしまうのはそこです(なにを見たんだ何を
でも、そういう人は、登頂者として、SNSではもてはやされる。時はたち、老いたときには、周りはほんとうに自分の足で登ってきた者ばかり。話が合う訳……あれ?
いや、そう、そうよ、今後、登ってこない人の方が多くなるのかも。「えwwまじで歩いてきたのwwwウケるww」って世界なのかも。
でも、我々は歩きましょう。ゴールまで登頂せずとも、見える世界はあるはず。
そして語りましょう。
生命(いのち)あったら。語ろう真実。